日本人が日本語Tシャツをダサいと感じるのは何故か

文化

昨日、Nameless.Life社員食堂でJessicaさんに謎掛けされたので、ビール飲みながら真面目に考えてみました。

英語圏の人は英語が書かれたTシャツを好むのに、日本語Tシャツを何故日本人はダサいと感じるのか

まず思いつくのは日本人の欧米文化崇拝でしょう。

でも考えてみると、日本の伝統的デザインに文字が使われるのはほとんどありません。


浴衣、着物のデザインに文章が入っているのを簡単に想像できない。どちらかというと、屋号や家紋など所属を表すマークであり、具体的自己主張ではないのです。

強いて言えば寿司屋の湯呑み。魚の名前が感じでびっしり書いてあるやつ。ほかには「いろはにほへと」が散らばっているデザイン。

なかなか、意味のある文章がデザインされた伝統模様を思いつきません。

刺し子や機織りの技術レベルを考えたら、我らがご先祖様は文章をあしらったデザインを作れなかったのではなく、あえて作らなかったのでしょう。

つまり、欧米文化が入ってくる前から、日本人は自己主張を文章で着物にあしらうのをダサいと感じていたと考えられます。

そしてよく考えると、日本社会においてそもそも不用意に自分の意見を述べるのはダサいです。しかもその主張が低レベルだったら輪をかけてダサいのです。

では何故英語の文章が書かれたデザインであれば、日本人に受け入れられるのか。

答えは簡単。日本人は英語を読まないのです。「読めない」ではなく、自然と目が読みに行かず、単なる「模様」として我々の目を通り過ぎていくのです。

その証拠に「わたしはオタク」とか書かれたTシャツをガイジンが秋葉原で着ていたら思わずクスってなるのに、イケメンフランス人が原宿で「キスしてごらん、僕の息は超臭いんだぜ」って英語で書かれたTシャツを着てても気付きもしないでしょ。

Tシャツにどんなイカしたジョークが書かれていようが、反戦のメッセージだろうが、「撃ってこい童貞!」と書かれていようが、ぱっと見それが視界に入っても、そもそも目が横文字を読みに行こうとしないわけです。

結論。

英語文化圏は自己主張してなんぼな社会。くだらないとかつまらないなんて考えるまえに、思いついたらとにかく表現していかなくては逆にダサいのです。

一方、我らが日本文化では、熟考を重ねたうえで、関係各所に根回しして自分の意見を通すのが「クール」でありマナーなのです。

だから、Tシャツに政治的メッセージや「布団が吹っ飛んだ」とか書くのは最高にダサい。ただし、それを英語で書けば意味を失い単なる模様になるのでクール。

それがクールジャパン。

Jessicaさん、どう?この回答?

 

追記

「あたしの疑問とずれてる」とのフィードバックをいただきました。

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