頑張らずに幸せになる方法

シンガポールで出稼ぎ

頑張らずに幸せになる方法

収入を高める方法は巷に溢れている

ぼくは外国に行くと本屋をのぞきます。すると必ずあるのが自己啓発書のコーナーです。

例えばここシンガポールでは、 建国の父リークアンユー氏の伝記がずらっと並び、またそれがその書店のベストセラーだったりします。

国を率いた政治家の伝記が自己啓発書であるのはピンとこないかもしれませんが、日本で言えば坂本龍馬や白洲次郎、松下幸之助の伝記のように、大きな仕事を成し遂げた人生模様は、価値ある気づきと成功へのモチベーションを与えてくれます。

これらの自己啓発書に万国共通しているのは、より良い生活、より良い未来を掴むためにはどうすればいいのかといういわば勝ちにいく戦略です。

つまりより良い生活、より良い未来とは一言に集約するならば、より効率的により多くのお金を稼ぐためにはどうしたらいいか、に収束していきます。

働くのが嫌いな人への処方箋がない

一方で、僕のように成功へのモチベーションが低く、毎日気楽に酒でも飲んでいればいいと思っている人もこの世の中には無視できない数生きています。

そして実は我々「のんびり組」も成功を追い求める人たちと同様に、様々なことに悩み戸惑っているわけです。

具体的には、もっと寝ていたい、仕事に行くのがめんどくさい、職場の人間関係がうまくいかないけれど改善するのはだるい、そんなにお金はいらないから楽な仕事がいい、などの非常に意識が低い悩みです。

まぁこのようなのんびり組は意識が低いですので、本を書く人のマーケットとして価値がないのでしょう。 このような悩みを解決してくれるような本は実際あまり書店にありません。

例外的にPha氏の著作は自己啓発書棚では異色の存在感を放ってますので、この記事に同調してくださる方にはお勧めです

働くのが好きな人だけしか幸せになれないのか

ぼくは日本でいわゆる社畜と呼ばれる生活を抜け出し、シンガポールでまさにグダグダと酒ばかり飲むお気楽な生活を送っています。

もちろん合法的に就労ビザを取得し、きちんと毎日仕事はしていますが、社会的な成功とは無縁の職場でダラダラと働いています。

勝ち組思想の人には、そんな生活で一体何が面白いのかと言われてしまうことも多いですが、僕は迷うことなく今が幸せと答えます。

プレッシャーやストレス、無意味な競争などから距離を置いて、こうしたブログの執筆や、絵を描いたり本を読んだり、時間を気にせず友達と喋ったりする。これこそが僕にとっての幸せだからです。

つまりのんびり組にもそれなりの幸せの形があり、それを実現するためには具体的なノウハウがあるのです。

今日はそれを簡単にまとめます。

何が自分の幸せかを知る

先ほども書いたように、僕は文章や絵を描いたり、本を読んだりたまに美術館に行ったり、何時間も結論の出ないくだらない話を友達としたりするのが最高に幸せです。

これは実は日本で必死に働いていた時もそうでした。

女の子の店に行ったり、彼女と高級ホテルに泊まったり、毎週のように高いレストランに足を運ぶような時期も、社会人になった当初はありました。

学生の時とは違う額が毎月銀行口座に入ってくる中で、それをどういう風に使えば自分の幸せにつながるのかよくわかっていなかったのです。

長いカタカナ名前のご飯を食べて、美しい女性ときらびやかなホテルに泊まっても、どこか自分が本当にしたい事とは違うなという心の不協和音を常に抱いていました。

つまり、いいものを食べて綺麗な女性と時間を過ごし、ステータスを感じられる場所に泊まらなくても、僕の幸せには全く影響しなかったわけです。

自分にとって必要なのは、ストレスがない日常と、特に用事もなくグダグダと過ごせる仲間と、本やマンガ・音楽などのコンテンツ、そしてそれを心おきなく楽しめるだけの充分な時間だったのです。

もちろんそれを楽しむためには最低限ご飯を食べなければいけませんし、本や漫画を買うにもお金は必要です。 また、友達と遊ぶにしても最低限かかるお金はありますし、住む家がなければ生きていくことができません。

つまりお金は最低限必要なのですが、実はそんなに必死に働かなくても僕が満足できる額のお金というのは手に入るのだということに、たくさんの無駄の末ようやく気づいたのです。

働きたくないなら成功・結婚・子供は真っ先に断捨離

こんな僕も三十路を超えてしまい、同世代は責任ある立場で社会に貢献したり、家庭を持って子育てをしたりしています。

一方、僕のように責任や義務やストレスが大嫌いで、のんべんだらりんと毎日を過ごすのが大好きな人にとって、こういう「普通に幸せになる人生」は自分の首を絞めるだけなのかもしれません。

自分自身の満足点を知った段階で、まず最初に不要なものとして切り捨てたのが、こういった普通の幸せ、具体的には家庭を持つことと社会的に成功することでした。

この2つはきっと手に入れれば大きな満足を得られるのでしょうが、そのためには計り知れない努力と忍耐が必要になります。

逆にこの2つを切り離してしまった今、僕の人生というのは実に気楽なものになりました。

必要なお金さえ得られれば仕事はどうでもいい

というわけで、もうきれいな女性をつなぎとめておく必要もありませんし、ステータスをみせびらかすようなことにお金を使う必要もありません。

そうなると必死に頑張らなければ評価されないような仕事に耐える必要も必然的になくなります。

そう、満足するのにお金がそれほど必要ないのであれば、グダグダと過ごすための時間を確保できるもっと要求水準の低い仕事に転職すれば良いのです。

シンガポールで僕が就職活動するときに重視したのはこの点です。

日本だとたとえ時給の低いアルバイトでも、高いモチベーションと滅私奉公を要求され、多くのストレスを被ることもあるでしょう。

でもここシンガポールや他の多くの国では、求められる情熱や能力と、給料の額は比例しています。

つまり安月給でよければ、相応にやる気なくグダグダ働いていても最低限のルーチンワークさえこなしていれば誰からも文句を言われず、きちんと決められたお給料もらえる仕事というのが実はたくさんありました。

海外旅行でコンビニの店員が携帯で彼女としゃべくりながらおざなりにレジをしていたり、レストランでチップが少ないとあからさまに舌打ちされるような経験を一度したことがあるのではないでしょうか。つまりはそういうことです。

この事実に気付けたこと、そして実際そういった仕事を得ることができたことに関して、僕は心底日本を出て良かったと思いますし、幸せを掴むチャンスを与えてくれたシンガポールにとても感謝しています。

孤立を避けるためにシェアハウスに住もう

こうした生き方にはもちろんデメリットもあって、少数派の生き方ゆえに家族を持ちバリバリ働いている多数派の人たちと価値観を共有できず孤立してしまいがちです。

例えば皆で遊びに行くにしても高級店にいけるだけの経済的余裕はありませんし、何よりそういうところで騒ぐことにもはや喜びを見いだせなくなってしまっているのです。

あと目的がないと集まらない人間関係というのは、多かれ少なかれ、めんどくささが伴います。

例えば、フットサルのチームを結成して毎週末練習に励むのだとしたら、まずリーダーを決めなければいけませんし、毎回人数を集めるために連絡を取る係りが必要でしょう。終わった後の打ち上げも幹事を立てて店を予約するなど、様々なめんどくさい作業が発生します。きっと人間関係も複雑になりそうな予感。

とはいえ、だからといって周りの人間関係を軽視していいかというと、そんなことはありません。 僕のような協調性のない人間でも、ひとりで生きることはできません。特に母国を離れて暮らしている場合、日常的に助け合う仲間は必須といえるでしょう。

そこで僕は日本にいる時からシェアハウスに住んでいます。 日本でも都市部でかなり知られてきたシアハウスですが、住宅難のシンガポールにおいては、誰かと賃貸物件を共同で借りて住むことがむしろ一般的です。

ある意味赤の他人との共同生活。様々な問題が発生する場合もありますが、やはり家に帰ってきたときに顔見知りがそこにいると安心するものです。

それが本物の家族だとさらに深い安心を得られるのでしょうが、独り暮らしとは比べものにならないほど義務や責任が増えて、しかも関係が近いゆえの衝突も増えると思います。

そういった家族と一人暮らしのいいとこ取りなのがシェアハウスだと思っています。

ひとつ屋根の下に住んでいる以上、同居人が困っていたら自然に助けたいと思いますし、もしかしたら自分が困っている時も助けてくれるかもしれません。 そして耐え難いほどの問題が発生した場合は、気軽に引っ越してしまえば良いのです。東京やシンガポールのように大きな街では数え切れないほどのシェアハウスがありますので、気軽に引っ越すことができるのです。

何より休日にわざわざ示し合わせなくても、遊ぶ相手に事欠かないのが一番のメリットです。 暇なときに共用スペースで飯など作っていると、偶然同じく時間を持て余してる人がやってきて、突発的に一緒にどこかに出かけたりするのが最高に楽しいです。

気楽に生きつつも孤立しない方法として、シェアハウスは1つの有効な答えになりうると思います。

東南アジア流に豊かになる

そもそも僕がこういう考えに至って、自分の人生を変えていこうと決心したのは、バックパッカー時代に尋ねた東南アジアの国々の人たちの影響です。

最初に訪れたフィリピンでは現地の友人の家にホームステイしたのですが、何をするでもなく一族郎党がリビングに集まり、それぞれ勝手にグダグダと時間を過ごしています。

子供たちはゲームをし、お母さんはテレビを見て、よくわからないおばちゃんたちはその横でくっちゃべっている。ちなみにお父さんはアメリカに出稼ぎ。

はたから見るとどこまでが家族でどこまでがご近所さんなんだかそもそも見分けがつかないレベルで、種々雑多な人たちがただ1つの部屋に集まり、まとまりなくそれぞれ好きなことをやっている。

しばらくすると唐突に誰かがお腹が空いたなどと言い出し、そうするとみんなでボロい車に分乗して近くのショッピングモールにご飯を食べに行くのです。

誰かが困っている時も自然とほかの人たちが少しずつ手を差し伸べて解決します。 これはインドネシアやマレーシアの人たちも同じで、よく言われる家族を大切にしているというよりは、家の空気に皆で溶け込んでごちゃ混ぜになっているような感じです。

ささいな問題から大きなイベントまで基本的にお金で解決することに慣れてしまっている僕ような人は、 そのままこのやり方を真似することはもはや難しいと思います。

ただ彼らから学ぶことは非常に多く、それを日本人風の生活にうまく取り入れたのが僕のシアハウス生活です。

きちんとした個室でプライバシーを確保しつつ、一歩部屋の外に出れば家の空気に溶け込み気軽にほかのシェアメイトたちと状況によって同じ時間を過ごすのです。

これこそが僕がシンガポールで手に入れたゆとりのある幸せの形です。

ストレスをできるだけ減らして、好きなことをする時間と仲間を確保する。もうこれだけで僕は毎日幸せを感じられますし、最初はコンプレックスだった同世代と比べて低い収入や、ずっと独身で過ごすことなどは自然と気にならなくなりました。

だって毎日幸せを感じられるのですから。

まとめ

  1. のんびりさんにはのんびりした幸せがある
  2. 他人と比較せずに自分の幸せを具体的に定義する
  3. 必要なお金さえ得られれば仕事はどうでもいい
  4. 孤立しないためのシェアハウス暮らし
  5. 用事もなく皆でグダグダすると満たされる

Comments

  1. M says:

    こんにちは!
    タイトルに惹かれて、読ませて頂きました。

    頑張ることが当たり前、ストレスやプレッシャーのつきまとう仕事を辞めて、
    数か月前に転職しました。解放され今が一番幸せで、楽しいです。
    自分のしたくないこと、したいこと素直に求めていいんですね。

    とても心に響きました。
    ありがとうございます(^^)/

  2. IKU says:

    コメントありがとうございます!

    お給料の額で幸せが決まるわけじゃないってのはシンプルなのになかなか気付きません。地位を捨ててそういう生活を実践するには勇気も必要です。

    転職されて幸せを感じられたとのこと、のんびり組ならではの方向で着実に生きましょう~